私の描く農業設計図 美園いちごランド代表 岡田 徹

岡田 徹

美園いちごランド代表の岡田です。この「私の描く農業設計図」は、とある主張大会で私が主張発表した際の原稿です。ホームページへ掲載する事が良い事か悩みましたが、当園のイチゴを知って頂くには、まず生産者である私自身を知って頂く事が一番の近道であり、大事な事と考え掲載する事に致しました。現在、私がイチゴ園を経営するに至った経緯や、農業に対する想いを書いています。

長い文面になっている事をはじめにお詫び致します。
以前、先輩農家から「植物の種には設計図がある。人の人生にも設計図が描かれているんだ。」と教わりました。私はこの言葉を胸に今年から新しい設計図を描き始めています。
高校卒業後の進路について、私は父と相談しました。父は職人気質な性格が強い半面、時代の変化を感じながら、新しい農業のかたちを私と一緒に考えてくれる柔軟な人でした。
話し合いの結果、私は農林水産省農業者大学校への進学を決めました。この時期は私にとって、まだ自分一人で作った設計図ではないのですが、とても大きな道しるべになったと思います。

入学早々、授業で私は「都市化の中のオアシスを目指して」というテーマで論文を書きました。
内容は浦和市からさいたま市へと環境が大きく変化していく中で、近所の植木農家さんがブルーベリーの観光農園を始められて、連日大盛況の様子を目にし、とても大きな衝撃を受けたこと、これが大都市に共存していく農業だと感じ、それと同時に自分も観光農業がしたいと思った事を夢中で書きました。これは私が描いた最初の設計図であったと思います。
大学時代には日本各地から特別な思いを胸に38人の仲間が集まり、三年間同じ釜の飯を食べ、時間の限り熱い思いを語り合いました。仲間との語り合いの中で、お互いを切磋琢磨していく環境がここにはありました。その仲間たちとともに長期の休暇を利用して日本中の農業を見るためにバイクで旅をしました。その中で私の人生を大きく変える方に出会うことができました。
静岡県にある日本一のいちごの観光農園社長の赤堀辰博さんと息子の赤堀和博さんとの出会いです。
社長は初対面の私たちに対して熱く経営のことを話してくださいました。「うちの農園には三つの信念がある。福祉農園を表すためのバリアフリー、家族の暖かさを伝えるアットホーム、手づくりのおもてなしを意味するハンドメイドである。これらの思いを胸に、わざわざ来てくれたお客様により良いサービスとおいしい苺を提供したいんだ」
この言葉を聞いて感動した私は、ここで修業したいと強く思いました。後日私は自分の将来の夢を真剣に伝え、ここで半年間の住み込み研修をさせていただくことになりました。
思い返すと、この出会いこそ今後の自分の設計図を作成する大きなターニングポイントだったと思います。
研修が始まり、観光農園の魅力、将来性それ以上に可能性を実感していくと共に、日に日にイチゴへの興味が高まり、頭の中で探していた本当にやりたい農業の形を見つけることができました。
そんな思いを父に話すと、父は「常に足元をしっかりと確認して進め。」とだけ話し、私の行動を見守ってくれました。平成15年の春、農林水産省農業者大学校を卒業した私は将来の設計図を描きながら、イチゴ栽培への取り組みを始めます。そして多くの方々の協力を得て、平成16年12月「美園いちごランド」が開園しました。
このネーミングは、自分の設計図を基に新たな一歩を踏み出した私へのプレゼントとして、父が名づけてくれたものです。自分の設計図を基に失敗は経験と考え、努力と愛情がおいしいイチゴを作ると信じて、毎日を過ごしました。そして若さと根性で営業にも力を入れ、自分を売り込みに走りまわりました。徐々に手ごたえを感じ、美園いちごランドに直接買いに来てくれるお客様が多くなり、その中でも近所の方々がたくさん応援してくれたことがとても嬉しかったです。いちご狩りが始まると夢に描いていた通りの大盛況となり、子供からお年寄りの方々まで喜ぶ様子に胸が熱くなりました。順風満帆に見えた私の設計図も、時として思わぬアクシデントに見舞われました。
突風と雹により400坪のビニールハウスに大きな被害を出しました。それでも諦めず、前年比をデータ化して売り上げを伸ばし、翌年に面積を倍にしました。子供も産まれて親に一人前と認めてもらえたかなと思っていた矢先に、私の一番の理解者である父が亡くなりました。
あまりにも突然で、現実を受け止めたのはしばらくたってからでした。父にはちゃんと言葉では伝えられなかったけれども、私は父のような人の背中を見なければ、農業は継がなかったと思っています。農業を愛し、家族を愛した父をこれからも尊敬していきます。

父から手渡されたバトンはしっかりと受け取ったつもりです。
私はイチゴ一粒に対する愛情はだれにも負けません。そして、誰よりもイチゴを理解して経験を重ねていきたいと思っています。
私のイチゴでお客様が笑顔になり、家族は幸せになります。
最後に私が現在思い描いている設計図には三本の大きな柱が立っています。一本目は高齢者に優しい福祉農園二本目は小中学生に向けた教育ファームとしての存在三本目は子育て支援センターとの協力です。
私はこれらの設計図を描き進めるにあたって来年、法人化を目指します。
その理由は共に働ける仲間をつくり、優れた人材を育てるためです。先月亡くなった赤堀辰博社長が私へのメッセージとして、伝えてくれた言葉があります。
「我が我がの『が』を取りなさい。そうすれば、我々がという仲間ができる」
この言葉の通り力強いスタッフを作ることが農園の魅力を高め、都市農業の発展にも繋がっていくと信じています。
私の描く設計図はまだまだ加筆を加え、発展をしていきます。
ただ、その設計図を描くとき、私にはいつも思い返す父の言葉があります。
それは、「足元をしっかりと確認して進め」以上です。

運営管理:美園いちごランド さいたま市緑区間宮803